神山幸也が日々思ったこと、感じたことを書いていきます。おもいのままに、感じたままに。「ありがとう」を心に灯しながら。


by kamiyama__kouya
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夏休み、最後の日。



今日で夏休みも終わり。
宿題は終わったかな?楽しんだ夏休みになったかな?

一つ、夏休みのエピソードを聞いて下さい。

僕が夏休みに、今も一番気になって残念に思っていることがある。

それは、小学生の時。

7月20日前後から、夏休みに入る時、自分の机の中にある教科書やその他諸々をランドセルに入れるんだけど、パンパンになり過ぎてしまうランドセル。
小さな体が後ろ側に倒れないように前に重心をかけ、下を向きながら一歩一歩、歩く。

せっかくの夏休み、通知表ももらったし元気に前を向いて歩きたいじゃない。でも、倒れそうになるから下を向く。
両手には大荷物の手提げ鞄。

そして、「あさがお」の植木鉢。

宿題で、あさがおの成長記録をつけるというものが出ていて、それをやる為に僕は、団地のベランダ(ちなみに3階)において成長を楽しみにしていた。

しかし…

日に日に僕のアサガオちゃんは枯れていく。
水はしっかりやっている。
日当たりが悪いのか、それとも…何が悪いのか見当もつかない。

僕のあさがおは結局枯れてしまった。
それもあっという間に。
夏休み序盤に。




どうしよう。どうしよう。

考えた。


小学生の自分が一生懸命に考えた結果、「嘘を書く」ことしか頭に浮かばなかった。

奇麗に可憐に花を咲かせた、あさがお。
花は青紫と赤紫が咲いた。

いや、咲かせた。

きれいに。書いた。

元気よくお天道様に伸びていく蔓を。
血色の良い花を。

書いてしまった。

あっという間に枯れてしまったのに。
ベランダには枯れて茶色や黄土色になった「ミイラあさがお」がある。


その「あさがお日記」を夏休みが終わった後、明日、僕は先生に
提出することになる。

それを見た先生は、
「うまく書けたねー」。
「神山君のあさがおは元気に育ったんだね」。
と言うのだろう。
僕は、はにかみながらそれを聞くのだろう。少し後ろめたさを残しながら。

なんで正直に、枯れたあさがおを書かなかったのだろう。
それでも先生は叱りはしなかっただろうに。

ただ僕は先生に喜んでもらいたかった。
それが「嘘のあさがお」だったとしても。

存在してない咲いた花を書くことが僕にとっての精一杯の宿題だった。


今思う。
先生には見抜かれてたかもしれない。
先生は、たかだか小学生になりたてくらいの嘘くらい笑って、微笑んで「頑張ったね」と言えることくらい今なら分かる。



それでも僕は、先生に喜んでもらいたかった。

ただそれだけ。
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by kamiyama__kouya | 2004-08-31 23:23 | diary

赤レンガ倉庫。



この前、8月21日の土曜日に横浜にある「赤レンガ」に行ってきました。あの赤レンガです。
21・22日と防災フェアーというものがありまして、急遽出ることになって歌ってきました。

外で歌うというのは、初めての経験でどんなものになるのかとハラハラドキドキしながら会場入り。

凄い良い天気で、絶好の外日和でしたが、あまりにも良い天気過ぎて暑い…。

そこで、海?港?がある方へ避難。
気持ちいい風。
温度差がこんなにも違うものかと思うくらいに風が気持ちよく、吹き抜ける。

お昼くらいにあった1回目のステージは、太陽さんが煌々と照りつけ、なかなか人は立ち止まってはくれませんでした。でも、耳は傾けてくれていたのかなーって思いながら歌いました。


そして段々と日は夕暮れへ。


そして夕方のステージ。
3曲歌ったんだけど、みんななんだか聞いてくれた。
立ち止まって耳を傾けてくれた。

1曲目はみんなご存知の「はじめてのチュウ」。
子どもも集まってきた。そして歌ってくれた。大人達はなんだかはずかしそうに、懐かしそうに目を細めて聞いてくれた。

2曲目は「帰り道」。
響き渡る〜響き渡る〜♪
空に歌が響き渡っていいった。気持ちよかった。

3曲目は「せんそうの跡」。
このイベントには合わない曲かもしれなかったが歌った。
小さな願いを込めて歌った。届いたかは分からないけど一生懸命に歌った。

終わってから「CD下さい」と2組の方が言ってきてくれた。

ありがとう。
今日はここに来て歌って良かったという気持ちになった。


そしてそして。

赤れんがは夜になれがなるほど、きれいな場所になっていきました。日も落ちて過ごしやすい気温。
赤れんがが照明に照らされて、きれいでした。


一度、夜に好きな人と行ってみてはどうかなと思いながら。




P.S.一緒にステージに出た、井田聖子さん、モモちゃん、どうもありがとうございました。
そしてこのイベントに出させていただいたパーサー松谷さん、ありがとうございました。
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by kamiyama__kouya | 2004-08-25 23:24 | diary

甘い声。



車で移動中、友達の携帯電話が鳴った。
彼は普通に出た。
運転してるのに。
いけないんじゃなかったっけ、と思いつつも今は誰もがそれは普通な行動かもな、と思いながら。

彼をチラと見る。

何だか仕草がよそよそしい。
話も何だかこそこそ。

誰から?と聞こうと思ったときに電話からもれてきた女の子の声。
あぁ、彼女さんかー。

「今、神山君といるよ」
「じゃあ切った方がいいよね(想像)」
「大丈夫だよー」
「本当?(多分、ハートマーク付きー想像)」

そんな会話を交わしたのだろう。
ひそひそと会話は続く。

僕は狭い車中のなか、何だか気まずくなり外に目をやる。
会話は続く。

「約束の日、無理になっちゃったんだよ…」
「別にしょうがないじゃん、もういいよ(想像)」
「本当にごめんね」
「許さない(想像)」
「うん……」
「もう、切るね(想像)」
「うん……」


切られちゃったの?と僕が聞くと、彼は「そうだよ」と答えた。
すぐに怒るんだもんと続けて。

女の人ってなんだかんだいっても強いですね。
男って弱いなー、尻に敷かれてるなーって。


でも、、、

彼の声は僕と話したり、他の人と話したりするよりも遥かに砂糖のように甘〜く、優しいあまり弱々しく聞こえたのでした。

どうして人は好きな人と話している時、こんなに甘い声になるんだろう。

びっくりしました。
正直。
声ってこんなにも変わるのですね。

歌も、甘く歌うなどのような表現がありますけど、
実際に、好きな人に向けて歌うと凄く伝わるいい歌が歌えるんですって。それは伝わるレベルなのでしょうが。

でもこんなにも甘い声が出るものなのですね、人って。


むかしむかし、
僕が保育園にいた頃、お昼寝の時間がありました。
そのときに先生が本(絵本かなにか)を読んで聞かせてくれた思い出があります。
その物語を聞きながら目をつぶると、さっきまで元気で眠気なんかなかったのに、すぅーっと眠ーくなってくる。

先生の声と物語が安心させてくれるからかもしれません。

すぐに眠りについてしまいました。
なかなか寝付けない友達も1人か2人いたけど。

その声は優しく包み込んでくれる声でした。
夢に連れて行ってくれる声でした。


今の僕たちは携帯電話というものをほとんど持っていると思います(持っていない方、ごめんなさい)。なぜこれまでにも、売り上げがあるのか考えたことはありますか?

僕の考えでは、「声」じゃないかと思うのです。
すぐに聞きたい人の声が聞ける。
そこなのではないかと思うのです。

「声でつながっていられる」
どこかのキャッチコピーのようですが。

僕も友達の声を聞いて、なんだかは分からないですがホッとすることってあります。
だから、声ってすてきなものだって思います。

一人一人違う声。


声にも「艶」というか「色」というか「匂い」というか「空気感」というようなものがきっとあると思います。

今日、すてきだなと思えたことは、彼が好きな人に話しかけている声がとても甘く、僕が聞いたことの無い声であったということです。それはそれは、こっちが恥ずかしくなるくらいに甘いこえでした。

あなたも、甘い声で話してくれる人がそばにいたならその人のことを大切にしてあげて下さいね。

今日は「人ってこんなにも甘い声が出る」んだということを発見した一日でありました。


明日はライブです。
楽しく歌ってきます。頑張ろうと思います。

おやすみなさい。


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by kamiyama__kouya | 2004-08-18 23:25 | diary

ゆうえんち。




今日、「八景島シーパラダイス」というところに行ってきました。一般的に言われている「遊園地」というところなのでしょう。そこには水族館やアシカやイルカのショーが見られるという合わせ技的な場所でもありました。

ちなみに僕は、そこに初めて行きました。

最初に駅からおりてソコに向かっていく途中で、海を発見。
海でもしっかりと海水浴場になっていて、波はほとんどなく家族連れにはもってこいの場所でした。実際、家族連れが多かったんだけども。

そこで、少し陽に当たりました。

そしてそして、遊園地に向かって歩いていきます、、、と看板がありました。案内のね。
事前に調べなかった自分がいけないんだけども、まず驚いたのは値段。

乗り物乗り放題券と水族館入館料込みで4900YEN。
高いと思いません?

僕と一緒に行った人は考えました。
乗り物は乗らないから、水族館のチケットだけを買うことにしました。

されど、値段は2450YEN。
けっこうするでしょ。

まーそれはいいんです。せっかく来たんだからケチケチせずに、ね。楽しむことにしました。


でも…。


僕の中の遊園地といえば、「ディズニーランド」しかないのです。チケットの値段で比べてもほとんどフリーパス券と変わらないのです。

悲しかったのは、この歳になったからなのだろうか。
それは、、、凄い現実的だったのだ。「八景島シーパラダイス」が。

「ゆうえんち」→から「遊園地」へ。

乗り物が古び、建物は色褪せ、ヒビが入っているのが目に見えた。そして、その中で遊ぶ人々が余計に現実を見せつけているようでした。
イルカのショーは面白かったが、動物は歳をとっていつかは捨てられてしまうだろう。捨てられないように一生懸命に動く。この施設自体も歳をとり取り壊されるか、人が来なくなるか、廃墟にいつかはなってしまうのではないか。そんなことがジワーッと想像できてしまうのでした。

ディズニーランドなら…そう思ったのでした。

建物はいつまでも古びず、門をくぐった瞬間から空気と世界に魔法がかかったような錯覚(であってほしくないが)におちいる。
そしてキャラクターたちはいつまでも輝きつづけ、決して古びることは無い。歳をとることも無い。

いつまでも夢でありつづける。
魔法が切れることはない。
それが、「ゆうえんち」である必要があるように思えてなりません。

悲しいのです。寂しいのです。
現実的すぎることが。

にぎわっている分だけ、見えてきてしまうことが今日でした。

ディズニーランドの花は枯れることがないって知ってますか?
魔法の国だから花は枯れないのだそうです。

今日は楽しかった。
でも見てしまった。それだけのことです。


君はそんなことを思ったことってありませんか?
遊園地が現実的で商業施設で…etc...
見えるものに対して。
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by kamiyama__kouya | 2004-08-15 23:28 | diary

1/365.



今日、ふっと思いついて考えたことがあります。
…1年てさ、365日。
…1年は長い。
…いや、短い。
…短いよなーやっぱり。なんて。

今日、会った友達、恋人、家族…。
一緒に過ごしたり、今日という日を前もって約束したり。


365分の1日なんだなーって思いました。


今まで生きてきて気付かないことは多いけど、このこと気付いてる人っているでしょう?


最近1日の素晴らしくあっという間に過ぎてしまう、あっけない感じを感じながら過ごしいているわけで。
ということは、あっという間に過ぎていく毎日が続くと、あっという間に365日=1年が経ってしまうと。

だから、365日分の1日の大切さ、儚さを切ないながらも考えざるをえないわけで。

今、一緒にいる人は365分の1を共にしているんだよ。

それって凄いことですよ。


小さい頃(保育園・幼稚園、小学校、中学校、高校)、家から学校との往復がなんだかズッート続いてくような気がしてね、特に記憶に残っているといえば小学校の頃が一番、「1日」というものが長く感じたように思います。

夜、9時とか10時とかに寝ちゃって起きるのは朝7時半くらいだったかな。今振り返ると、寝てる時間が多くて起きてる時間なんて今よりずーっと少ないのにさ、1日の時間の長さを感じたんだよなぁ。

なぜかなぁ。

子どもの時しか行けない「ネバーランド」っていうものが、そもそもその時のことなんじゃないかって思いせんか。

どんどん、だんだん大人になって行く中で、時間の流れが早くなっていく過程でそんなことを思う。


気付いたときにはもう戻ることの無い、ネバーランド。


実は、ついさっきまでいた場所なのかもしれません。


話がそれてしまいましたね。
ごめんなさい。
言いたいことは、1日の重さ・大きさです。

頭の中に365日分の手帳をめくらないような風に、ずらーっと並べてみて。
その1コマ1コマ、埋めてみて。

何にも考えてなかったあの頃の1コマ1コマは仕切りがなかったでしょう?

今は仕切りがあるように思えてならない。

あの頃はすぅーっと毎日は連続していて、終わりはこないように思えた。だってそうだったから。


「じゃあ、またね」「また明日ね」


そんな言葉が当たり前のように言えた。


今は、「じゃあまたね」の意味が違っているように聞こえる。

じゃあまたね。

何だか寂しく響く。
また会える日はいつくるか分からない。
もしかしたら明日も会えるかもしれない、次ぎ会うのは1年後になってしまうかもしれない。もしかしたら…。
そんな歳になってしまいました。

今日そんなことを思ってしまいました。

だから、今日会った君との時間を大切にしたいと思うのです。
だって時間って短いよ。悲しいくらいに。

1つ1つの仕切りの中を濃く塗りたいと思うんだよ。

あの頃のようにすぅーと続いてく毎日から、いつの間にかに1日の両サイドに立てられた仕切りを取り除くことはできなくなっちゃったと思うけど、そのかわりその仕切りの中をいい色に味のある色で記憶に残るものにしたいじゃない。

そう思ったんだ。

だから今日という1日、どんな色になったかなー、
って考えられる日にしたいじゃない。


会えなくならないように

君に、「じゃあまたね」って言いたいじゃない。




「じゃあまたね」って。
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by kamiyama__kouya | 2004-08-12 23:29 | diary

59years ago.




59年前、日本は戦争の最中にいました。
B29が空を泳いでいました。
防空壕に人々は息をひそめては身を任せ、子どもたちは田舎へと疎開していったのです。
東京は火の海。
日本がアメリカさんに勝てないことは最初から皆わかっていたのでしょうか。
残り数パーセントの可能性を信じて、神風が吹くことを信じていたのです。

8月6日。
広島に原子爆弾が落とされました。
人は原爆と呼びました。
落とされた「それ」はウランが使われていました。


人々が慰霊碑に向かって祈りを捧げています。
それをニュースは伝えていました。


そして、、、


8月9日。
長崎に原子爆弾が落ちました。
落ちた「それ」はプルトニウムが用いられていました。


一瞬のヒカリが。

人々を一瞬にして包みました。



熱かったろう。
恐かったろう。
震えたろう。
火が迫ってきたろう。
必死に逃げたろう。
水を求めたろう。
水の上を火が駆けたろう。
助かりたかったろう。
助けたかったろう。
苦しかったろう。
何もできなかったろう。
何もわからなかったろう。
生きたかったろう。
生を求めたろう。



59年前、まだ僕は生まれていない。
「はだしのゲン」やニュースや映像でしか見たことが無い。
まだ、天皇は神であった。
それが、神からただの人間になった瞬間でもあった。

ただの歴史になってしまったのだろうか。


ブラウン管の中で、小学生の男の子と中学生の女の子だっただろうか。

「世界平和を誓います」

と大きな声で宣言をしていた。

「本当に分かってる?」って聞きたくなった。


何にも知らない僕たちに、誓えることができるのだろうか。
何にもできない僕たちに、世界平和を作ることができるのか。

平和とは何かも知らないのに。

その日が忘れられてしまう日がきてしまうのだろうか。

その日、10歳だった小学生は今年79歳。
先はあまり長くはない。
人は何100年もいきられないのだから。


繋げていくこと。
その難しさを知る。

あなたはには何ができますか?
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by kamiyama__kouya | 2004-08-10 23:30 | diary

evergreen cafeにて。


ボクの住んでいる町は今日から何日か、お祭りをやっています。
たくさんの人が集まって、元気や笑顔や気があって、年に一度のにぎやかさを持つ。

そんな賑やかさからなんだか少し逃げたくて、行きつけのcafeへ。

なんか静かになりたくてね。

たまたま、行ったら空いていて、絶好の自分時間を過ごしています。
オーダーは、シフォンケーキセット。
日替わりなんだよ。
それはふわふわで甘さ控えめで、生クリーム付き。
それにコーヒー。

おいしいよ。


小一時間の大切な時間。
リラーックス。

そして、、、
ボクの大好きな小説家さんの本を読みながら、コーヒーとケーキを食す。

お祭りってね、ボクの家の下でやってるんだよ。
駅からボクの家までの少しの距離。
その道は一本道で、その通路の両サイドにはきらきらと人のこの日にかける情熱の飾り。

ださかったり、きれいじゃなかったり、ゆがんでたり。

でも、そこがいいんじゃないかなって、思う。

家までの帰り、人がいっぱいで嫌な顔、ブサイクな顔になっちゃうんだろうけど、心のなかではそんな自分に喝を入れている自分もいたりするんだろうなとコーヒーを飲みながら、ふと思う。


帰り、自分の町の祭りを少しくらい愛してあげてもいいかな、なんてね。


ページをひとめくり。


友達はこんなボク(一人でcafeに入るボクを)を「キャリアウーマンかよ」と笑うけど、ボクは一人で気に入ったcafeで、詩を書いたり、外を通る人を眺めたり、すきな雑誌を読んだり、、、。

そんな時間がすき。

大切な時間。

時間って有限で、人はどこかに帰って行くんだなぁって思いながら。

素敵なcafeでそんな時を過ごす。

悪くない。
結構、オススメです。



すてきなマスターがいるcafeにて。
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by kamiyama__kouya | 2004-08-06 23:30 | diary

泣けなかった理由。



7月29日、僕の後輩のバンドが解散してしまいました。
いつもやっているライブハウスでの「解散ライブ」。
何か見ている自分としては最後のような気がしてならないライブでありました。
いいバンドなのに残念でならない。

僕も、、、解散ライブしたなぁ。

もう何年も前の話。

何度も何度もそのライブで泣きそうになったんだけど、泣くことができなかった。


中学校の時。
部活で(バスケ部だったんだけどね)の最後の夏の大会、そして試合。
終わりを告げるブザー。

頭が重くなって、目からボロボロとこぼれ落ちる涙。
体育館の床に崩れ落ちた。

涙は止まらない。

「もう、このみんなでメンバーでバスケができない」
と思うと涙は止まってくれない。
ヒックヒックと体は揺れる。

本当に号泣。

考えれば考えるだけ、気持ちは高まってしまう。



高校生の時。
僕は軽音楽部にいたんだけど、その最後の引退式みたいなのがあったときも。

泣いてしまった。

後輩が僕ら(3年生)に一言ずつ言葉をかけてくれる。
泣いてしまって、なかなか言葉が出ない後輩がいた。

ありがとう。

うちら(3年)と後輩は先輩たちの代に比べてかなりフレンドリーな関係でたのしかったなぁ。
もうみんなでライブに向けて練習したり、準備をしたり、会議をしたり、ライブの打ち上げ(反省会)でバーミヤンに行ったりできなくなるんだなーと思うと、涙が出て止まらなくなってしまった。



「もうできない」

それが、泣けた。

僕から「離れてしまう」

それが大きかった。


考えるとこれが泣けてしまった原因なのかもなと、今になって思う。

でも、解散ライブで僕は泣けなかった。
なぜだろう。

メンバーに
「もうバンドはいいや」
と言われて、何日間か何もせず、ショックからひきこもった。

だけど泣けなかった。


それはね、


音楽はそばにいた


からじゃないかな、、、と思う。

「ずっとそばにいるよ」

気付かない僕にささやいた。


悲しくて泣かしてはくれない。


音楽。

素晴らしくて、良い曲過ぎて、声がこころに響いて、、、

こころにぽっかりと穴があいたところにすぅーっと入り込んだ時、涙がポロリとこぼれる。

胸がいっぱいになる。

素敵過ぎて、泣かすことはある。


音楽。

大きな声で歌いたくなる、口ずさみたくなる。


音楽に触れた時、

音楽が溢れたとき、


あなたは何がこぼれる?
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by kamiyama__kouya | 2004-08-01 23:32 | diary